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コラム

「デジタル化におけるアート思考」

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2021年6月1日

主任講師・コンサルタント

山田 豊文

◆デジタル化の成功条件

 日本政府がデジタル庁を立ち上げようとしていることからデジタル化に対する関心が高まっています。デジタル化におけるキーワードはデジタルトランスフォーメーション(以下、DXと略記)です。DXのためにはデータと業務のデジタル化が必要です。データのデジタル化はペーパーレス化と捉えることができます。業務のデジタル化の実例には、顧客訪問による対面での商談をオンライン活用によるリモート商談に切り替えることなどがあります。データと業務のデジタル化は業務の効率化を促進します。
 デジタル技術を使った業務の効率化だけがDXではなく、本来のDXとは事業価値の向上を目指すための取り組みです。そのためDXを含むデジタル化の成功は、2つの面から捉えることができます。1つはデータの有効活用です。SNSの利用拡大などからウェブ上で多種多様なデータを収集することが可能になっています。デジタル化の進展に伴い豊富なデータを使っての様々な分析が進歩しました。
 2つ目が本来のDXにとって必要不可欠な事業価値の向上です。データと業務のデジタル化は業務を効率化して、その結果として生み出された時間の余力を新規顧客開拓や新事業創出に投入することで事業価値を高めることが期待されます。新規顧客開拓や新事業創出の出発点は、着想や発案による新しいアイディアづくりです。新しいアイディアを生み出すことができる思考方法を積極的に使うことが必要です。

◆デザイン思考とアート思考

 代表的な思考方法には論理思考、デザイン思考、アート思考の3つがあります。1つ目の論理思考はロジカル・シンキングとも呼ばれ、日本ではMBA取得者などを中心に使われ始めました。論理思考は左脳を中心にした思考方法です。人間の脳は左と右で異なる役割を担っています。左脳は物事の筋道の整理や要約といった働きを持っています。デジタル化によって収集した多量なデータを使った分析の過程では左脳が活躍します。一方の右脳には着想や発案などの働きがあります。事業価値の向上のための新しいアイディアづくりでは右脳が中心になります。
 デザイン思考とアート思考は右脳を活用する思考方法です。まずデザイン思考ですが、顧客の潜在ニーズを把握して、そのニーズを充足させることが狙いです。アメリカのアイディオがパソコンのマウスを生み出す過程でデザイン思考を使ったことをきっかけになり幅広く使われるようになっています。アイディオのマウスに続いて、アップルがスマートフォンを開発する過程でデザイン思考を使いました。それ以外の商品開発においても活用されており、アメリカのスタンフォード大学でデザイン思考を普及させるための講座が設けられています。
 アート思考は芸術家のように自由で柔軟な発想で仕事に取り組むことを目指します。デザイン思考でのニーズの定義や試作の過程においては、必然的に左脳を使うことになるため、デザイン思考よりもアート思考の方が右脳を使う程度が大きいことになります。

◆アート思考の期待と課題

 デザイン思考は依頼者が存在して、依頼者の期待が出発点になります。依頼者の期待や顧客のニーズに応えるためにデザイン思考は活用されます。一方、アート思考は依頼者の期待ではなく、作者が何をつくるかが出発点です。デザイン思考がデザイナーの考え方であるのに対して、アート思考は芸術家の考え方です。アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズは文字のアート、カリグラフィーを学んだことが知られています。アート思考では作者本人の直感が重視され、右脳をフルに活用することで自由に発想しながら作品をつくることになります。
 アート思考に対する期待の高まりは、日本企業が新事業の創出や商品開発に使う試みが広がりつつあることから確認できます。パナソニック、丸紅、凸版印刷の試みが新聞で取り上げられました。アート思考をさらに普及させるには2つの課題があります。1つ目の課題は活用手法の確立です。デザイン思考の活用では、顧客行動の観察から潜在ニーズを把握すること、試作と検証によってニーズ充足することが、手法として確立しています。アート思考の活用は試行錯誤の段階にとどまっています。具体例には仕事の過程に座禅を組み込むこと、勤務時間の一定割合を自由研究に使うことがあります。
 2つの目の課題は成功事例づくりです。デザイン思考にはマウスやスマートフォンなど商品開発での成功事例があります。デジタル化を通じた事業価値の向上において、アート思考の成功事例がつくられることによって普及が加速することが期待されます。

以上

■コラム「デジタル化におけるアート思考」